元カープの2軍監督で現在RCCの解説者をしている木下富雄さんとRCCアナウンサーの一柳信行さんとじっくり話せた事は僕がこの日南キャンプに滞在した中でも3本の指に入るくらい大きかった事でした。
その詳細を今回は書きたいと思っています。
まずは木下さんと話した時についてです。
僕はすべての解説者の中で木下さんの解説が1番好きと言っていいほど木下さんが好きな人間です(他の解説者では牛島さんや阿波野さんや野村克也監督や清原も好き)。
木下さんの解説は他の解説者のしないような解説がよく混ざってるんですよね。
そのうえカープの2軍監督もしていた事から今のカープの選手に詳しいです。
丁寧で冷静で味の深いカープ解説というのが僕の木下さんの解説の印象です。
実は木下さんとは去年も日南キャンプで会っていてサインをもらっていました。
その時はサインペンの話くらいしか木下さんと話せませんでした。
というより去年は僕の中で木下さんは元2軍監督で白髪のヒゲぐらいしか印象になかったんです。
ところが昨シーズン、木下さんの解説を聞けば聞くほど凄い解説者だという事に気づき、時より僕は木下さんが解説だった日の録画した試合を何度も見る事もあったくらいでした。
そして今年のキャンプに行く前、今年もいるだろう木下さんに「野球の質問をする」という目標を持ってやってきたんです。
そしたら期待通りに初日から木下さんは仕事からかバックネット裏でヒゲを輝かせて観戦していました。
日南に来て三日目でした。
僕は午前中白髪のヒゲをスタンドで見つけてすぐさまアタックGoGoしました。
僕「すみません。。サインしてもらってもよろしいですか?」
木下「ん?俺でいいのか?(後ろに北別府さんがいた)」
僕「はい。木下さんお願いします。」
(木下さん・・・色紙とサインペンを僕から受け取る)
木下「う〜ん・・・ペンが細いなぁ・・・・・。」
僕「すみません・・・・。」
(木下さんサインを書き始める)
僕「僕、木下さんの解説大好きなんですよ。
シーズン中は録画した木下さんが解説した試合を何度も観る事も
あるくらいなんです。」
木下「ありがとうございます。」
僕「木下さんの解説は面白いだけでなく、すんなりと聞きやすいんですよね。
細かい所まで解説されているうえに聞いてて本当に心地良いです。 」
木下「本音で言ってない事も多いがね。」
僕「そうなんですか?」
木下「視聴者をがっかりさせないために、本音を言わない事は多々ある。」
僕「なるほど。」
(木下さんサインを書き終える)
僕「すいません。一つだけ野球の質問していいですか。
よくプロ野球の監督の采配で左打者に対して左投手がきたら右打者に
代打を出すシーンが見られますが、やっぱり左打者は左投手が打ち辛
いのでしょうか?」
木下「慣れだ。」
僕「慣れですか?」
木下「プロの左投手は左打者のインサイドを狙って投げてくる。
その時怖がらずに踏み込めるかどうかだ。
中には打者を狙ってくる投手すらいる。 」
僕「ほぇ〜・・・・。」
木下「阪神の金本っているだろ。
金本は昔、オフに専属の左投手を自ら雇ったんだ。
それで左投手に対する練習をやり続けた。
その次のシーズン金本は左投手をよく打った。 」
僕「そうなんですか。
実は僕去年も日南キャンプに来たんですけど(あなたとも会ってます)
去年は打撃練習の時左打者はマシーン打撃をメインでしてたんですけど
今年は内田コーチが左投げで変化球も交えて打撃練習をしてたんですよね。
そう思うと一つの練習方法で全然違うって事をなんか感じるなぁ・・・。」
(木下さん首を縦に頷くようにする)
僕「すいません、もう一つ良いですか。
神宮のようにブルペンが見える球場でよく思うのですが、ブルペンで肩を作って
いる投手を見ていて何10球も投げてる投手を見て、
毎日こんなに投げていて肩は大丈夫なのかな?
とか思ったりするんですけど、リリーフ投手が肩を作る事ってそれなりに球を投
げないといけないんでしょうか?」
木下「人による。
あっという間に肩が出来てしまう投手もいれば時間がかかる投手もよる。
個人差だ。 」
僕「チームの方角とかも関係しますか?
チームが球数を多く投げさせる方角だったり、ムダ球を投げさせない
方角だったりとか。」
木下「そりゃあまあ関係するけどな。」
僕「じゃあもし球数を投げさせるチーム方角のもと、球数を多く投げなくても肩が
作れる投手や肩に疲れがたまっているような投手がチーム方角で投げさせ
られるっ事もあると思いますか?」
木下「それはない。
プロというのはそのへんは投手コーチと投手の間で意思疎通は出来ている。」
僕「投手が疲れを感じていてもチーム方角から言えなかったり受け入れられ
なかったりする事ってないですかね?」
木下「(強い口調で)そう自分の状態をコーチに伝えられない投手は
プロで食ってはいけない。」
僕「なるほど・・・。ありがとうございました。
えーと・・・また近々ユニフォームを着たいと思ってますか?」
木下「そりゃあ野球人として体が動く限りはユニフォームは着てたいものだわな。」
僕「そうなんですか!
実はファンの中でも木下さんに一軍監督をやって欲しいという意見が
すごく多いんですよ!」
木下「(僕の方を見て紳士的な笑みで軽くお辞儀をして)ありがとうございます。」
僕「すいませんもう一つ質問お願いします。
今、左投げの選手がレフトを守ってますが、その場合捕球が逆シングルになる
事から効率の良い動きが出来ないと思うんですけど関係ないでしょうか?」
木下「外野手の場合それよりもいかに早く処理が出来るかや
守備範囲の方が大事だ。」
僕「ほぇ〜・・・。」
木下「来年から新球場になって外野が広くなるだろ。
だから本当は松山なんかは動きが鈍いから内野をやらせた方がいいよな。」
僕「外野よりファーストとかの方がいいと?」
(木下さん首を縦に頷くようにする)
僕「すいません。もう一つ質問させてください。
浅井コーチが現役時・・・・・・・ 」
木下「(微妙な笑みで色紙で僕の頭をポンって軽く叩いて)お前、一つだけって言っただろ。」
僕「すいません
ありがとうございました
」
とこんな感じに結構突っ込んだインタビューが出来ました。
この木下さんに質問した事はもう何年も前から僕が疑問に思っていた事でした。
というのは、もう引退してますが浅井コーチと澤崎コーチの現役時代にその疑問を凄く感じていたからです。
僕は浅井はレギュラーでバリバリ活躍する事が出来る選手だと思ってました。
走攻守に揃っており、カープの主力左打者の典型的な成功タイプの打者だと思っていました。
2000年、達川監督時代に112試合に出場し(45試合スタメン)300.本塁打13 打点46 盗塁5という数字をあげました。
後にこの年の浅井の左右投手に対する打率をデータサイトのかぷ吉さんに調べてもらったのですが、この年浅井は左右関係なく打率を残してるんですよね。
ところが2001年から山本浩二監督になり、左投手が来れば全くというほど浅井は使われなくなりました。
1番それがわかりやすかったのは2003年です。
金本が移籍した事によりこの年から新井が4番になりました。
しかし開幕から新井は絶不調で2割前半の打率で低迷していました。
その傍ら浅井はきっちり3割を残して文句ない成績でした。
それでも山本監督は左投手が先発の時は絶不調の新井を使っていました。
栗原が出た当初も栗原が結果を出なくても浅井ではなく栗原を使ってました。
さらに言ってしまえば2002年まで浅井は外野もやっていたんだから金本の代わりにハーストではなくて浅井を外野のスタメンに使うのでも良かったですよね。
浅井は叩きつけるような内安打が非常に多かった選手なんですよ。
足も速く、だからこそ左投手でもバンバン使って欲しかった。
浅井と世代が近い選手に西武・現中日の和田がいるんですが、和田も東尾監督だった当時は3割残しながらも左投手先発時のスタメンって感じの選手だったんですよね。
東尾監督も極度の左右病でこの当時の西武は本当に貧打でしたね。
それが伊原監督になり左右関係なく使われ始めたらタイトル争いをするような成績を出しました。
他にも横浜佐伯やオリックス北川など代打の切り札で使われてた選手がバリバリレギュラーで活躍する事って結構多い事なんです。
ところが当時の山本監督はキャンプの練習試合ですら浅井を左投手が来たら代打を出してました。
だからこれはずっと疑問に思ってました。
でも、今回の木下さんの「慣れ」という言葉が疑問を解決してくれた気がします。
左投手でも浅井に多く打席の機会を与えた達川監督・キャンプの紅白戦ですら左投手が来たら浅井に代打を送る山本監督、その2つの采配で「左投手への慣れ」というものは全く違ってきますよね。
そして、ブルペンの投げ込みで頭に浮かぶのが一昨年戦力外になった天野と3年前に戦力外になった澤崎です。
天野のついて書かれたこの記事を見てください。
この記事の中にある
「04年の終盤は確かに疲れがありました。監督に疲れを訴えても、『いや、オマエしかいない』とマウンドに送り込まれた。・「医者は『筋肉が細くなりすぎて、疲れきっている。使い切っているよ』と言われました」
という部分が第二時山本政権のブルペンの背景が出てきます。
澤崎に関してはこの記事とこの記事を見てください。
この2試合、僕は神宮3塁側内野席のブルペンの目の前で観戦していました。
この2試合の先発は高橋建と黒田でしたがどちらも調子がとても悪かったのです。
高橋建は7回まで99球被安打11の四死球2の1失点という内容で、黒田は7回2/3を投げて148球被安打15四死球4の7失点という内容でした。
高橋の試合のブルペンの澤崎が投げた球数、100球を超えていました。
前半から高橋が調子が悪く1失点とは思えないほど毎回ランナーをためる投球をしていました。
1番手にブルペンに来た澤崎は「もう行くぞ。もう行くぞ」のように当時ブルペンコーチであった川端コーチに言われているようでした。
その中で肩の仕上げに入ってもいつまでも出番は呼ばれない。
呼ばれなかったらまた高橋がランナーを出してブルペンで肩を作る、その繰り返しでした。
この当時ブルペンには天野の姿をありました。
そして2日後の黒田の試合はもう異常でした。
カープ打線が6点取ってる事からか、エースの黒田を異常というほど代えませんでした。
誰がどう見ても黒田は調子が悪かった。
当然ブルペンは早い回から慌しくなり澤崎は80球近く投げてましたね。
オープン戦・4月と調子の良かった澤崎・天野・菊地原・林あたりの中継ぎ陣は夏くらいからはもう別人の投球になっていましたね(悪い意味で)。
木下さんは「そう自分の状態をコーチに伝えられない投手はプロで食ってはいけない。」と言ったけど当時のカープにはそれが通じる環境が合ったのだろうか?
そう思ってしまうのが実際にこのキャンプで当時監督の山本浩二さんと当時投手コーチの北別府さんと僕が会った時に感じた事があったからです。
この二人、現役時代の成績が凄すぎたのか外に出してるオーラが凄いんです。
もう「俺は凄いんだ!!」というオーラが5mくらい離れてても気で伝わってきて、それが回りの態度にも出ているんです。
山本浩二さんに元気丸という広島の番組の収録の後にサインをもらったのですが、その時僕にサインをしながらひたすら女のアナウンサーとADかに向かって野球論を一方的に話していました。
その二人が山本浩二の部下に見えてしまうくらいにです。
その時僕が思ったのはこの人に対して強く意見を言って通るのは、野球界での先輩か星野仙一ではないかと本気で思いました。
同じように北別府さんもテレビ局の人に対して偉そうに従えるように接していました。
それが普通なのかもしれませんが山本浩二さんのすぐ近くには池谷さんがおり、北別府さんの近くには木下さんがいたんです。
でもですね、本当全然周りに出すオーラと僕に対する接し方が彼等は違うんですよ。
名プレーヤーが名監督・コーチになれる訳ではない。
それがなんとなくわかってしまうようなこのキャンプでのそれぞれのOBの方と接して感じた事です。
2005年に北別府投手コーチが退団して2006年から安仁屋投手コーチが就任して、山本監督は投手起用は全権安仁屋氏に委ねる采配をとりました。
安仁屋氏は黒田の続投に頑なにこだわらず起用したら黒田はタイトルをとりました。
上記であげた神宮の黒田の試合を采配一つで黒星から白星に出来たと思うのは僕だけでしょうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何年も僕が疑問に思ってきたカープ采配について、1番好きな解説者の木下さんに聞く事が出来ました。
これにより僕の長年突っかかってたものが消えていった気がします。
僕は現役時代の澤崎がマウンドで見せる闘志ある投球や浅井の一流選手になれるだろう実力に惚れこみました。
でも僕は澤崎のグッズも浅井のグッズも一つも持っていません。
今思うとその当時から感じていた「どうしたなんだ?なぜなんだ?」という感情が僕の野球を楽しむスタイルを大きく作っていったのかもしれません。
その疑問を様々なカタチで調べる・そして(それを掲示板か何かで)発表する。
この流れはよくよく考えると普段の職場や学校でも頻繁にある事かもしれません。
そしてその一連の流れの繰り返しが僕の野球熱を深めていったのです。
一柳さんのインタビューも書こうと思ったのですが長くなったので一回切ります。
木下さんにいつも野球の質問が出来る一柳さんが1野球ファンとしてなんか羨ましいなぁ〜。。。。
木下さん、また来年も新しい質問を用意して天福球場で話しかけますのでよろしくお願いしますね

その詳細を今回は書きたいと思っています。
まずは木下さんと話した時についてです。
僕はすべての解説者の中で木下さんの解説が1番好きと言っていいほど木下さんが好きな人間です(他の解説者では牛島さんや阿波野さんや野村克也監督や清原も好き)。
木下さんの解説は他の解説者のしないような解説がよく混ざってるんですよね。
そのうえカープの2軍監督もしていた事から今のカープの選手に詳しいです。
丁寧で冷静で味の深いカープ解説というのが僕の木下さんの解説の印象です。
実は木下さんとは去年も日南キャンプで会っていてサインをもらっていました。
その時はサインペンの話くらいしか木下さんと話せませんでした。
というより去年は僕の中で木下さんは元2軍監督で白髪のヒゲぐらいしか印象になかったんです。
ところが昨シーズン、木下さんの解説を聞けば聞くほど凄い解説者だという事に気づき、時より僕は木下さんが解説だった日の録画した試合を何度も見る事もあったくらいでした。
そして今年のキャンプに行く前、今年もいるだろう木下さんに「野球の質問をする」という目標を持ってやってきたんです。
そしたら期待通りに初日から木下さんは仕事からかバックネット裏でヒゲを輝かせて観戦していました。
日南に来て三日目でした。
僕は午前中白髪のヒゲをスタンドで見つけてすぐさまアタックGoGoしました。
僕「すみません。。サインしてもらってもよろしいですか?」
木下「ん?俺でいいのか?(後ろに北別府さんがいた)」
僕「はい。木下さんお願いします。」
(木下さん・・・色紙とサインペンを僕から受け取る)
木下「う〜ん・・・ペンが細いなぁ・・・・・。」
僕「すみません・・・・。」
(木下さんサインを書き始める)
僕「僕、木下さんの解説大好きなんですよ。
シーズン中は録画した木下さんが解説した試合を何度も観る事も
あるくらいなんです。」
木下「ありがとうございます。」
僕「木下さんの解説は面白いだけでなく、すんなりと聞きやすいんですよね。
細かい所まで解説されているうえに聞いてて本当に心地良いです。 」
木下「本音で言ってない事も多いがね。」
僕「そうなんですか?」
木下「視聴者をがっかりさせないために、本音を言わない事は多々ある。」
僕「なるほど。」
(木下さんサインを書き終える)
僕「すいません。一つだけ野球の質問していいですか。
よくプロ野球の監督の采配で左打者に対して左投手がきたら右打者に
代打を出すシーンが見られますが、やっぱり左打者は左投手が打ち辛
いのでしょうか?」
木下「慣れだ。」
僕「慣れですか?」
木下「プロの左投手は左打者のインサイドを狙って投げてくる。
その時怖がらずに踏み込めるかどうかだ。
中には打者を狙ってくる投手すらいる。 」
僕「ほぇ〜・・・・。」
木下「阪神の金本っているだろ。
金本は昔、オフに専属の左投手を自ら雇ったんだ。
それで左投手に対する練習をやり続けた。
その次のシーズン金本は左投手をよく打った。 」
僕「そうなんですか。
実は僕去年も日南キャンプに来たんですけど(
去年は打撃練習の時左打者はマシーン打撃をメインでしてたんですけど
今年は内田コーチが左投げで変化球も交えて打撃練習をしてたんですよね。
そう思うと一つの練習方法で全然違うって事をなんか感じるなぁ・・・。」
(木下さん首を縦に頷くようにする)
僕「すいません、もう一つ良いですか。
神宮のようにブルペンが見える球場でよく思うのですが、ブルペンで肩を作って
いる投手を見ていて何10球も投げてる投手を見て、
毎日こんなに投げていて肩は大丈夫なのかな?
とか思ったりするんですけど、リリーフ投手が肩を作る事ってそれなりに球を投
げないといけないんでしょうか?」
木下「人による。
あっという間に肩が出来てしまう投手もいれば時間がかかる投手もよる。
個人差だ。 」
僕「チームの方角とかも関係しますか?
チームが球数を多く投げさせる方角だったり、ムダ球を投げさせない
方角だったりとか。」
木下「そりゃあまあ関係するけどな。」
僕「じゃあもし球数を投げさせるチーム方角のもと、球数を多く投げなくても肩が
作れる投手や肩に疲れがたまっているような投手がチーム方角で投げさせ
られるっ事もあると思いますか?」
木下「それはない。
プロというのはそのへんは投手コーチと投手の間で意思疎通は出来ている。」
僕「投手が疲れを感じていてもチーム方角から言えなかったり受け入れられ
なかったりする事ってないですかね?」
木下「(強い口調で)そう自分の状態をコーチに伝えられない投手は
プロで食ってはいけない。」
僕「なるほど・・・。ありがとうございました。
えーと・・・また近々ユニフォームを着たいと思ってますか?」
木下「そりゃあ野球人として体が動く限りはユニフォームは着てたいものだわな。」
僕「そうなんですか!
実はファンの中でも木下さんに一軍監督をやって欲しいという意見が
すごく多いんですよ!」
木下「(僕の方を見て紳士的な笑みで軽くお辞儀をして)ありがとうございます。」
僕「すいませんもう一つ質問お願いします。
今、左投げの選手がレフトを守ってますが、その場合捕球が逆シングルになる
事から効率の良い動きが出来ないと思うんですけど関係ないでしょうか?」
木下「外野手の場合それよりもいかに早く処理が出来るかや
守備範囲の方が大事だ。」
僕「ほぇ〜・・・。」
木下「来年から新球場になって外野が広くなるだろ。
だから本当は松山なんかは動きが鈍いから内野をやらせた方がいいよな。」
僕「外野よりファーストとかの方がいいと?」
(木下さん首を縦に頷くようにする)
僕「すいません。もう一つ質問させてください。
浅井コーチが現役時・・・・・・・ 」
木下「(微妙な笑みで色紙で僕の頭をポンって軽く叩いて)お前、一つだけって言っただろ。」
僕「すいません
ありがとうございました
」とこんな感じに結構突っ込んだインタビューが出来ました。
この木下さんに質問した事はもう何年も前から僕が疑問に思っていた事でした。
というのは、もう引退してますが浅井コーチと澤崎コーチの現役時代にその疑問を凄く感じていたからです。
僕は浅井はレギュラーでバリバリ活躍する事が出来る選手だと思ってました。
走攻守に揃っており、カープの主力左打者の典型的な成功タイプの打者だと思っていました。
2000年、達川監督時代に112試合に出場し(45試合スタメン)300.本塁打13 打点46 盗塁5という数字をあげました。
後にこの年の浅井の左右投手に対する打率をデータサイトのかぷ吉さんに調べてもらったのですが、この年浅井は左右関係なく打率を残してるんですよね。
ところが2001年から山本浩二監督になり、左投手が来れば全くというほど浅井は使われなくなりました。
1番それがわかりやすかったのは2003年です。
金本が移籍した事によりこの年から新井が4番になりました。
しかし開幕から新井は絶不調で2割前半の打率で低迷していました。
その傍ら浅井はきっちり3割を残して文句ない成績でした。
それでも山本監督は左投手が先発の時は絶不調の新井を使っていました。
栗原が出た当初も栗原が結果を出なくても浅井ではなく栗原を使ってました。
さらに言ってしまえば2002年まで浅井は外野もやっていたんだから金本の代わりにハーストではなくて浅井を外野のスタメンに使うのでも良かったですよね。
浅井は叩きつけるような内安打が非常に多かった選手なんですよ。
足も速く、だからこそ左投手でもバンバン使って欲しかった。
浅井と世代が近い選手に西武・現中日の和田がいるんですが、和田も東尾監督だった当時は3割残しながらも左投手先発時のスタメンって感じの選手だったんですよね。
東尾監督も極度の左右病でこの当時の西武は本当に貧打でしたね。
それが伊原監督になり左右関係なく使われ始めたらタイトル争いをするような成績を出しました。
他にも横浜佐伯やオリックス北川など代打の切り札で使われてた選手がバリバリレギュラーで活躍する事って結構多い事なんです。
ところが当時の山本監督はキャンプの練習試合ですら浅井を左投手が来たら代打を出してました。
だからこれはずっと疑問に思ってました。
でも、今回の木下さんの「慣れ」という言葉が疑問を解決してくれた気がします。
左投手でも浅井に多く打席の機会を与えた達川監督・キャンプの紅白戦ですら左投手が来たら浅井に代打を送る山本監督、その2つの采配で「左投手への慣れ」というものは全く違ってきますよね。
そして、ブルペンの投げ込みで頭に浮かぶのが一昨年戦力外になった天野と3年前に戦力外になった澤崎です。
天野のついて書かれたこの記事を見てください。
この記事の中にある
「04年の終盤は確かに疲れがありました。監督に疲れを訴えても、『いや、オマエしかいない』とマウンドに送り込まれた。・「医者は『筋肉が細くなりすぎて、疲れきっている。使い切っているよ』と言われました」
という部分が第二時山本政権のブルペンの背景が出てきます。
澤崎に関してはこの記事とこの記事を見てください。
この2試合、僕は神宮3塁側内野席のブルペンの目の前で観戦していました。
この2試合の先発は高橋建と黒田でしたがどちらも調子がとても悪かったのです。
高橋建は7回まで99球被安打11の四死球2の1失点という内容で、黒田は7回2/3を投げて148球被安打15四死球4の7失点という内容でした。
高橋の試合のブルペンの澤崎が投げた球数、100球を超えていました。
前半から高橋が調子が悪く1失点とは思えないほど毎回ランナーをためる投球をしていました。
1番手にブルペンに来た澤崎は「もう行くぞ。もう行くぞ」のように当時ブルペンコーチであった川端コーチに言われているようでした。
その中で肩の仕上げに入ってもいつまでも出番は呼ばれない。
呼ばれなかったらまた高橋がランナーを出してブルペンで肩を作る、その繰り返しでした。
この当時ブルペンには天野の姿をありました。
そして2日後の黒田の試合はもう異常でした。
カープ打線が6点取ってる事からか、エースの黒田を異常というほど代えませんでした。
誰がどう見ても黒田は調子が悪かった。
当然ブルペンは早い回から慌しくなり澤崎は80球近く投げてましたね。
オープン戦・4月と調子の良かった澤崎・天野・菊地原・林あたりの中継ぎ陣は夏くらいからはもう別人の投球になっていましたね(悪い意味で)。
木下さんは「そう自分の状態をコーチに伝えられない投手はプロで食ってはいけない。」と言ったけど当時のカープにはそれが通じる環境が合ったのだろうか?
そう思ってしまうのが実際にこのキャンプで当時監督の山本浩二さんと当時投手コーチの北別府さんと僕が会った時に感じた事があったからです。
この二人、現役時代の成績が凄すぎたのか外に出してるオーラが凄いんです。
もう「俺は凄いんだ!!」というオーラが5mくらい離れてても気で伝わってきて、それが回りの態度にも出ているんです。
山本浩二さんに元気丸という広島の番組の収録の後にサインをもらったのですが、その時僕にサインをしながらひたすら女のアナウンサーとADかに向かって野球論を一方的に話していました。
その二人が山本浩二の部下に見えてしまうくらいにです。
その時僕が思ったのはこの人に対して強く意見を言って通るのは、野球界での先輩か星野仙一ではないかと本気で思いました。
同じように北別府さんもテレビ局の人に対して偉そうに従えるように接していました。
それが普通なのかもしれませんが山本浩二さんのすぐ近くには池谷さんがおり、北別府さんの近くには木下さんがいたんです。
でもですね、本当全然周りに出すオーラと僕に対する接し方が彼等は違うんですよ。
名プレーヤーが名監督・コーチになれる訳ではない。
それがなんとなくわかってしまうようなこのキャンプでのそれぞれのOBの方と接して感じた事です。
2005年に北別府投手コーチが退団して2006年から安仁屋投手コーチが就任して、山本監督は投手起用は全権安仁屋氏に委ねる采配をとりました。
安仁屋氏は黒田の続投に頑なにこだわらず起用したら黒田はタイトルをとりました。
上記であげた神宮の黒田の試合を采配一つで黒星から白星に出来たと思うのは僕だけでしょうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何年も僕が疑問に思ってきたカープ采配について、1番好きな解説者の木下さんに聞く事が出来ました。
これにより僕の長年突っかかってたものが消えていった気がします。
僕は現役時代の澤崎がマウンドで見せる闘志ある投球や浅井の一流選手になれるだろう実力に惚れこみました。
でも僕は澤崎のグッズも浅井のグッズも一つも持っていません。
今思うとその当時から感じていた「どうしたなんだ?なぜなんだ?」という感情が僕の野球を楽しむスタイルを大きく作っていったのかもしれません。
その疑問を様々なカタチで調べる・そして(それを掲示板か何かで)発表する。
この流れはよくよく考えると普段の職場や学校でも頻繁にある事かもしれません。
そしてその一連の流れの繰り返しが僕の野球熱を深めていったのです。
一柳さんのインタビューも書こうと思ったのですが長くなったので一回切ります。
木下さんにいつも野球の質問が出来る一柳さんが1野球ファンとしてなんか羨ましいなぁ〜。。。。
木下さん、また来年も新しい質問を用意して天福球場で話しかけますのでよろしくお願いしますね











